包丁草

著:こどころせいじ
貴方は、番目の読者です。

「藤崎さん、待った?」
 目ざとくわたしを見つけた美知子は、にっこりしながら近づいてきた。真っ赤な 唇。やたらとフワフワしたコート。髪を脱色すれば、立派な娼婦に見えそうな様相で ある。
 予想通り――と言うより、わかり切っていたことだが、今日も眩しいミニスカート でばっちり決めている。一週間後にはクリスマスというこの時期に、なんとも元気の 良いことだ。その溢れんばかりのエネルギッシュな姿から、彼女が三十過ぎであるこ とを見抜く男はまずいないだろう。わたしもそうだった。
 ウェイトレスの方を見もせずに、美知子は「コーヒー」とぶっきらぼうに伝えた。 その間も、わたしに注がれた眼差しは、ギラギラと輝き、まるで、ご馳走を前にした 子供のようだった。ストレスなどというものとは一切無縁の光が放たれている。
「ねえねえ、藤崎さん。あたし、今日はどうしても聞いてもらいたい話があるのよ。 ずーっと今まで誰にも話してないことよ。もうあたし、話したくて話したくてたまら なかったんだけど、今日まで我慢してたことなの」
 興味なかった。いや、聞きたくなかった。聞かずに済むなら、金を払ってでもそう したい。
 わたしはうつむき、コーヒーカップを持ち上げた。
 おしゃべりな人種は、確かに存在する。しゃべることが、呼吸のようになってし まっている人間だ。それは、性のようなものだから、仕方がないと、わたしも思う。 だが困ったことに、そういった人種は、必ず「相手」を求めるのだ。聞き手が観葉植 物であったとしても事が足りる話を、生身の人間に対してするから、始末が悪い。
「どうしたの藤崎さん。なんだか元気がないわね。仕事で嫌なことでもあったの?」
 いつもながら鋭い女だ。彼女の目は、人の心をあっさり読んでしまう。
 元気のない最大の理由は、これから彼女の退屈な話を聞かされるからなのだが、仕 事で嫌なことがあったのも事実だった。つい数時間前のことであるだけに、思い返し ただけで、胃の辺りがチクチクしてくる。
 お得意先の名物部長に会った――いや、会わされたのだ。
「藤崎君ちょっといいかな」
 課長に声をかけられたとき、嫌な役目が回ってきたことを直感した。課長が「君」 付けでわたしを呼ぶときはいつもそうだ。
「例のあそこのおっさんがさあ」
 なれなれしい口調の課長が回りくどく言うことには、要するに、瞬間湯沸かし器と して有名な取引先の人物がクレームを持ってきた。そこで事情を説明して謝ってきて くれたまえ――早い話、避雷針となれ、よろしくね、という内容だった。
 で、午後いっぱい、わたしは雷に打たれ続けた。合計三百回くらい頭を下げただろ う。その間、胃袋を内側から剣山で刺されているような感覚を味わっていた。拭って も拭っても額に脂汗が浮かび、ハンカチは脂分、塩分、水分などを大量に含んだ。お そらく良いダシが取れるだろう。
 終業間際、どうにか発狂せず課に戻ったときには、もう生きていたくないと思うほ ど疲れ果てていた。
 三十歳を過ぎてから、精神的な疲労が抜けづらくなっている。いつも重いリュック を背負っている感じだ。一刻も早くアパートへ帰って寝たかった。寝るか死ぬか、何 でもいいから身体の力をすべて抜いて、横たわってしまいたかった。
 しかし、わたしの場合こういった「ささやかな望み」もかなわない。ツイてない時 はとことんツイていない。
 美知子から電話があったのは、ふらふらしながら上着に腕を通し、鞄をつかんでド アに向かおうとしたときだった。
「いつものとこで待ってる」
 返事をする暇もなく、一方的に電話は切れた。ちょうどその時、「明日は給料日だ な」という隣の同僚のつぶやきが耳に入らなければ、わたしは衝動的に五階の窓から ダイブを敢行していただろう。
 死の淵から救ってくれた同僚に心で感謝しながら、わたしは今日も、拷問部屋に入 るような気持ちで、この喫茶店のドアをくぐったのだった。
「ねえ、『包丁草』って言う雑草があるんだけど、知ってる? 藤崎さんは東京の人 だから知らないかもね。五十センチぐらいの細長い草なんだけどね、これがすごいの よ――」
 美知子は、わたしの知らない植物の名前を挙げてしゃべりだした。勝手に楽しそう な顔をしている。
「そこら辺の草なのよ。都会には雑草自体がまありないから見かけないけど、北九州 の田舎には、もう一年中ウジャウジャいっぱいあるの。それでね――」
 相づちを打つ暇も与えない。
 うんざりである。
 今にも倒れてしまいそうな身体を少しでも覚醒させようと、わたしは、にがいコー ヒーを一口すすった。
 昼間は取引先の名物部長、そして夕方は美知子。わたしは、どうやら、わがままな 人間の話相手をしなければならない――という、珍しくも不幸な星の下に生まれつい たようだ。
 独身の男が仕事の終わった後に美人の女性と喫茶店で落ち合う――本来なら楽しい ことであるはずだ。その日の疲れも吹っ飛び、心は弾む。頬はゆるみ、目はらんらん となる。
 しかし、美知子との場合はちがう。なにごとも断言することに抵抗のあるわたしで も、これだけは、はっきり言い切れる。
 彼女はいわゆる魅力的な女だ。ただし、見かけだけ。どんな男でも、彼女と一日過 ごしたならば、もう二度と逢いたいとは思わないだろう。自分勝手でうるさい。品が なくて男好き。誰が好きこのんでこんな女の相手などするものか。
 彼女の旦那は、よくこんな女と結婚しようなどと思ったものだ。わたしは本気で尊 敬する。おそらく酔っていたのか、あるいは危ない薬を大量に飲まされていたのか、 どちらにしても判断力をいちじるしく欠いている状況下で、無理矢理、結婚を承諾さ せられたのだろう。美知子の旦那がどんな男なのかは知らないが、結婚を後悔しなが ら生き続けていることは間違いない。不幸な人だ。
 それを考えると、わたしはまだ幸せなのかもしれない。
 今日のように、職場で髪の毛がすべてシルバーに変色してしまいそうな苦痛を味 わったあとに美知子と会うのは、サウナの中で焚き火にあたりながら熱々の湯豆腐を 食べるようなつらさだが、それでも四、五時間辛抱すれば解放されるのだから。
「――でも藤崎さんも、一度くらい見たことあると思うわよ。実物を見せたら、ああ これか、って思うはずよ。濃い緑色をしててさ、なんだか神話に出てくる剣みたいな 形をしてる草なの――」
 こちらが、ただ一心に耐えていることを知ってか知らずか、おしゃべり女はニコニ コ語る。なんだか、えらく早口だ。いつもにも増して興奮しているようだ。
 わたしは、いつもにも増して心の底で熱い溜息を吐きながら、カウンターの奥にあ るテレビをながめた。
《――質疑応答で、首相の発言に野党が反発――》
 などと夕方のニュースは言っている。あいにく、わたしにはなんの興味もない内容 だ。が、美知子の話よりはまだましだ。
 意識をテレビの画面に集中した。
「ねえ、あたしの話、聞いてる?」
 とたんに突っ込まれた。
「ああ、聞いてるよ。『包丁草』っていう雑草が神話に出てくる『剣』みたいな形を してるんだろ? それがどうかしたのかい?」
 これだけは美知子のおかげだろう。彼女と知り合って半年。わたしは、同時に二つ の話を聞くことが出来るという、あまり嬉しくない特技を身に付けるにいたった。

 思い出しても腹立たしい、あの初夏の午後――。この喫茶店から五十歩ほど離れた スクランブル交差点で、わたしは美知子と出会ってしまった。反対側から歩いてきた 彼女と、すれ違いざまに肩がぶつかったのだ。
「すいません。大丈夫ですか?」
 そう言いながら足を止めたのが、いわゆる運の尽きだった。
 美知子は、ミニスカートからのぞく形の良い脚に、赤いハイヒールがよく似合って いた。かなしいことに、その表面だけの美しさに、わたしは惹きつけられてしまっ た。アパートに帰っても万年床しか待っていない男が、彼女の積極的な誘いにフラフ ラと応じてしまったのは、仕方のないことだろう。誰もわたしを非難できないはず だ。
 結局その日のうちに関係を持った。そのときは、自分を世界一幸運な男だ、などと 思ったものだ。こんな美女とこんなに簡単にホテルに入ることができるとは信じられ ない。自分の頬をつねってみたりした。女性になど、もてたためしがないのだから、 夢心地になって当然というものだ。
 しかし、行為の熱も冷めないベッドの中で、早くも後悔することになった。
 彼女はあっけらかんと、
「あたし三十一歳、人妻よ。そうは見えないでしょ?」
 などと言った。そして、
「関係を持った男は、あなたが二千三百七十四人目よ」
 と、訊いてもいないことをしゃべりだした。
 これが地獄の入り口だった。
 彼女の口は、さながらトップギアの入ったレーシングカーのエンジンのようにフル 回転し始めた。どうでもいい人物のゴシップだとか、マンションの隣の住人の歯並び だとか、健康サンダルがどぶ川を流れているのを見ただとか、自宅で買っているイン コのふんが二色で面白いだとか、はては旦那の癖とか好みの酒などという、第三者の 興味をまったくそそらない話を、とどまることなく繰り返すのだった。終始タコメー ターをレッドゾーンにぶち込んだまま――。
「うちの旦那、コップを持つときに小指を立てるのよ、変でしょ? だって格好悪い じゃない。あたし言ったの、やめてよって。そしたら、いいじゃないか上品で、なん て言うのよ、どう思う? 藤崎さんはどうなの? 小指立てる? あっでも、小指立 てたっていいのよ、生理的に受け付けないわけじゃないから。でもね、なんか男の 人って感じがしないじゃない。なんて言うかさ、やっぱり、こうコップをグッと握り しめてさ、そんでもってグッと口に持っていくっていうのがさ、男らしいっていうか さ――」
そうかと思うと、
「北九州の田舎に大きな池があるの。ため池よ。そこにバケモノがいるの。あたし小 さい頃からその話を聞いてて恐かったの。何がいるんだろうって。でも小学校二年生 になったとき、その正体が判ったの。何だったと思う? なんと、そのバケモノは大 きなフナだったの。たぶん子供が池に落ちたら危ないから、近づかないようにバケモ ノだとかそんなふうに言うのよね。ばかばかしいったらありゃしない。ね、笑っちゃ うでしょ?」
 ちっとも笑えないのだった。
 会話ではない。わたしはただ「聞かされる」だけだ。
 さらに彼女の独裁は続いた。今までの「男歴」を延々とまくしたて始めたのだ。最 初の相手である高校の教師から始まり、友達の彼氏、友達の父親、友達の兄、はては 公務中の警察官などなど、一人一人の顔の特徴、名前、学歴、モノの大きさなど、知 り得たことはすべて、細々と。まるでコレクションを自慢する調子で、実に楽しそう にしゃべるのだった。
 その輝かしい過去に、わたしは素直に呆れ、その素晴らしい記憶力にも、ただただ 脱帽した。
 そして、すぐ不安になった。というのも、わたしがこうして美知子の男自慢を聞か されるということは、次に彼女の相手をする男に、わたしとの「一戦」も語られてし まうことになりはしないか……? さらに、もし、その中に知り合いがいたりした ら……。
「大丈夫よ。藤崎さんがしゃべって欲しくないのなら、しゃべらないわ。あたし、 しゃべっちゃ駄目だって事はちゃんとわかってるもん」
 わかっているはずがない。こいつは馬鹿だ。
 もうこれ以上美知子にわたしのデータを知られてはならない。そう思ったわたし は、彼女がしゃべり疲れて満足そうに眠ったすきに遁走した。その際、彼女の枕元に そっとホテルの料金を置いていった自分が少し哀しかった。我ながらこういう律儀さ がうらめしい。
 だが――
 遁走から一ヶ月ほど経ったある日、割合親しくしている同僚が、怪しむような顔で わたしに近づいてきたかと思うと、
「藤崎。お前、美知子って女、知ってるか? 三十一歳で美人なんだけど、尻軽でお そろしくおしゃべりの……」
 と、心臓が止まりそうなことを言った。
 たちまち襲ってきた怖ろしい想像は、見事に当たった。なんとその同僚が、昨夜の 美知子の「お相手」だったのだ。
「彼女、お前をさがしてたぞ。『勝手に逃げた』って、なんだか怒ってたよ」
 と、わずかにうわずった声で彼は言った。そして、美知子の電話番号が書かれた紙 切れを私の手に押しつけ、
「じゃあな、俺はもう関係ないからな」
 と逃げていった。この卑怯な同僚は、自分の身を守るために、わたしを売ったの だ。
 渡された紙切れを持つ手が震えた。
 この一ヶ月の間、美知子はわたしのことを、あちこちの男にしゃべっていたに違い ない。
「三十三歳の独身でさぁ、名前は藤崎っていうの。イチモツの大きさは十五センチく らいかな。少しおどおどしたところがあって、多分自分の言いたいことをはっきり言 えないタイプね。そんな人知らない?」
 などと、好き勝手にベラベラと。 
 恐れていたことが最悪の形になってやってきてしまった。教材販売会社で、営業と いう職務に就いている人間にとって、遊び女との関係は、信用の失墜につなが
る……。わたしは頭を抱えた。
 しかし、その時点では、まだ彼女の本当の怖さを知らなかったと言える。さがして いたということは、それだけ私が「良かった」のだろうか? などと、脳天気な考え も多少あったのだ。
 その場ですぐに電話した。もちろん逢いたかったわけではない。あんな女は二度と ごめんだ。
「あっ藤崎さん? よかったぁ、逢いたかったの――」
「頼む!」喜ぶ彼女の言葉をさえぎり、わたしは受話器に向かって頭を下げた。「頼 むから俺のことをあちこちでしゃべらないでくれ!」
 この不況の真っ直中で、顧客をなくすようなことになればどうなるか……考えるま でもない。文字通り死活問題だ。わたしはそれを熱く訴えた。それが、彼女に弱みを さらけ出すことになっているとは、混乱した頭では思い及ばなかった。
「金なら、沢山とはいかないが、なんとか工面する。だから、しゃべらないでくれ」
「お金なんかいらないわよ」
「じゃ、どうすれば……」
「逢ってくれたらしゃべらないわよ」
 それ以来、美知子はわたしをたびたびこの喫茶店に呼び出しては、どうでもいいこ とをしゃべり続けるのだった。完全に病気だ。おしゃべり病だ。
 そもそも私が彼女に気に入られたのも、その言葉を借りれば、黙って話を聞いてく れるから――であった。
「安心して。会ってくれるかぎり、藤崎さんのことは他の男にしゃべらないから。あ たし、しゃべっちゃいけないことは、ちゃーんと解ってるの。大丈夫よ。ただし、あ たしが会いたいときは、必ず会ってくれなきゃダメよ」
 そんな脅迫にやすやすと屈してしまうから、わたしは会社でも課長にいいようにつ け込まれるのだろう。情けない話だ。
「あたしにとっては男は勲章なのよ。それだけ自分が魅力的ってことだもの。そんな 魅力的なあたしに気に入られたんだから、藤崎さん幸せ者よ」
 自分勝手な価値観で生きている女である。しかも独占欲が強いときたから、ますま す困るのだ。
「でもね、男があたしのことを勲章にするのは嫌なの。浮気なんて絶対許せない。
だってそうでしょ、そんなのあたしという女性に対して失礼だもん。だから藤崎さん も……」
 わかってるわね、と、蛇のような目でにらまれたものだ。
 勝手な女だ!

 今日も美知子は生き生きと語る。コーヒーに口をつけて、ますます絶好調だ。
「――でね、『包丁草』って正式名称じゃないのよ、多分。ちゃんとした名前がある と思うんだけど、あたしは知らないの。藤崎さん知ってる? 知らないわよね」
 やけに息づかいも荒く、雑草の話を早口に語り続ける美知子は、すでにレッドゾー ンに達している。もう止めようがない。まあ、はなから止められないのだが。
 わたしは抜け殻になり、テレビの画面を眺めながら、左の耳で美知子の声を、右の 耳でアナウンサーの声を聞いていた。高度なテクニックなのだが、そのテクニックを そのとき使ったことに、後悔することになった。
《内閣不信任案に伴う採択決議――》
「子供の頃ね、外で遊んでるとき、よく包丁草で手とか足とか切ったの。血が出るの よ。ちょうど、諸刃のカミソリみたい――」
《今日、野党が提出。自民の反応に――》
「でも包丁草って、意識して何かを切ろうと思ってもなかなか切れないの。草だも の、ちょっとしたコツがいるのよ――」
《これを拒否。国会は解散。収拾の――》
「あたし、研究したの。当てるときの角度とか、力加減とか。自分の手とかで実験し たから傷だらけになっちゃった――」
《次のニュースです。十五年前、小倉北区の――》
「包丁草があれば、いつでもどこでも物が切れるようになったわ。練習の成果よね。 ペラペラな草なのに、面白いでしょ――」
《私立高校教師の殺害事件が、本日――》
「消しゴムだって切れるんだから、すごいでしょ。でね、ここからなのよ。今日まで 話したくてウズウズしてたのは――」
《事件は、男子教諭が教室の机の上――》
「高校の時、好きな先生がいたの。ほら、あたしの大事なものをあげちゃったあの先 生よ。でも、ひどいのよ。先生――」
《首から血を流して、うつぶせに倒れていた――》
「すぐに他の娘ともできたの。浮気よ。あたし相手の顔を見るとすぐピンとくるの よ。で、問い詰めたら白状したわ――」
《発見されたとき被害者はなぜか全裸で、頸動脈が――》
「先生、『美知子だけだよ』なんて言ったことがあるのよ、ひどいじゃない。だから 騙して誘ったの。教室でどう? なんてね――」
《奇怪なこの事件の凶器はカミソリと思われ――》
「本物のカミソリより切れたわ。スパッって。首から血がプシューって出て、すご かったわ。うふっ。で、血がついた包丁草は校庭の水たまりに捨てたの――」
《が、捜査は難航。凶器は発見できず――》
「発見される訳ないわ、草なんだもん。刑事さんもしつこかったけど、あたしを抱か せてやったら、おとなしくなったわ。うふふ。――ああ、すっきりした。もう、この 事をずーと誰かに聞いてもらいたかったのよぉ。我慢するのって大変ね。……ねえ、 藤崎さん聞いてる?」
「えっ?」
 我に返ったとき、彼女は、例の「蛇の目」でわたしを見ていた。
「聞いてなかったの?」つと表情に陰が差す。その身体から、黒いオーラが発生して いるような気がした。
「聞いてるさ!」わたしは珍しく大声を出した。周りの客の視線が自分に集中するの がわかった。「聞いてるに決まってるじゃないか!」
「本当に?」
「ああ、もちろん本当だよ。君の話は大好きなんだ。いつまでも聞いていたい」
「わあ、嬉しい! だから藤崎さん大好きよ」
「ハハ、ハハ…、アハハ……」
 ぎこちなくも、この日初めて笑ったわたしに、美知子は身を乗り出してきた。
「ねえ藤崎さん。実はね、あたし旦那と別れようかと思ってるの。だってね、あたし やっぱり、藤崎さんみたいな、いつでも話を聞いてくれる人がいいもの――」
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